■孤独死ゼロ活動の発端
  常盤平団地で「孤独死の課題に取り組むキッカケとなったのが、2001年春に発見された「白骨死体3年経過」という出来事でした。

◆一人目の孤独死
団地1DKのダイニングキッチンの板の間で発見されたAさん(男性・69歳)警察の検視の結果、「死後三年経過」ということでした。
Aさんは家賃を自動振り替えで支払っていましたが、貯金が底をつき家賃未払いとなり、当時の都市機構松戸住宅管理センターが督促状を出しても戻ってくることになり、担当者がAさん宅を訪問して警察署に連絡、発見したという経過をたどっていました。
 この時のAさん宅は1DKの家賃31,700円、共益費1,880円、合計33,580円でした。年間で402,960円、3年間で120万8,860円となります。この他に光熱費、上下水道代も払っていたのです。
 警察が白骨死体を運び出した後、Aさん宅の玄関ドアに同じ地区に住む民生委員が「家族の方がお見えになられたら電話をしてください。民生委員〇〇〇〇☎××××」とメモ書きして貼りました。
◇担当民生委員の話 メモを張り出した翌日、Aさんの弟から電話があり妹さんも同行してAさん宅を訪れました。妹さんの話では「亡くなった兄は、5人兄弟で、家庭の事情で離婚して一人暮らし、子供はいるけど、子供や兄弟姉妹とも長い間連絡をすることもなく、本人は毎日のように焼酎を飲んでいたようです。いろいろありがとうございました。兄の家の1DKの合いかぎも私が持っていました」
 その後の弟さんの電話によると、「兄は変わった人だった。兄は親とも縁を切っていました。兄弟姉妹とも長い間音信不通でした。警察が1DKで兄を処置するときには弟さんと妹さんが立ち会ったとのことでした。
◇近隣の人の話「近所の人とあいさつをするわけでもなく、怖い人というイメージの人でした。
 この年、国勢調査が行われ、この地区を担当したTさんから、地区長の中沢へ連絡。「何回となく訪問したが、夜も昼も電気はついているし、メーターも回っているのに本人がでてこない。どうしようか」と問い合わせ。まさかなくなっているとは知らず、「仕方がない。Aさんを調査不能で書類を出すしかない」と指示をしたという経過がありました。

◆二人目の孤独死

この後、2002年4月上旬に、団地1地区で、Bさん(男性・50歳)が亡くなっているのではないか、といううわさが広がっていました。
この噂を聞いた中沢が同じ階の人たちに電話をかけると、隣に住む人と階下の人は「隣の人を最近見かけないし、ヘンナニオイがする」、「べランドの網にいっぱいハエが止まるようになった」
 電話をする中で「別居中の奥さんの居場所を知っている」という話に急遽連絡を取りたいとお願いした結果、別居中の奥さんと連絡が取れました。
 奥さんの話によると、「主人はこたつに入ったまま伏せるよにしてなくなっていました。こたつの回りにはワンカップやカップラーメンなどがたくさん転がっていました。後始末は便利屋さんに遺体の処理や部屋の消毒などお願いして80万円かかりました。家庭内暴力もあって、子供を連れて別居していたのです。私は夜働いて生計を立てていました。主人はリストラで会社を辞めて次の仕事を探していたが、思うような仕事が見つからなかった」
 
 このような家庭の事情をおききし、ご主人の生命保険などの書類の存在を聴き、探してもらいました。そのうえで当該銀行に連絡するなどのお手伝いをしました。後日奥さんから連絡が入り、「保険金が2000万円ありました。苦しかったので助かりました」との報告があり」、自治会としていろいろ相談に乗り励ましたことはとてもよかったと思います。
 私たちにとって、この2つの出来事が貴重な大きな経験となり、団地自治会と団地社協が委員会や理事会を開いて孤独死の課題について、次々と挑むことになったのです。